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ダチョウ倶楽部はこれからどうなる?解散する可能性や2人で継続してほしいとの声も

上島竜兵さんが2022年5月11日、自殺されたことが公表されました。

かなり悲しいニュースでしたがなぜ自殺してしまったか、ダチョウ倶楽部は今後どうなるか気になることは多いです。

今回はそのあたりを調査しました。

ダチョウ倶楽部の上島竜兵が自殺してしまった原因とは

2022年5月11日、お笑いトリオのダチョウ倶楽部の上島竜平さんが死去したことが分かり、捜査関係者によると、東京都中野区の自宅で意識不明の状態で見つかり、病院に搬送されましたが間もなく死亡が確認されました。

死因は自殺とみられていて、ボケキャラで皆から愛されていた上島竜平さんが自殺したというニュースは世間を騒がせ、持ち前の「聞いてないよぉ!」「ヤー!」などのギャグと身体を張った明るいリアクション芸で親しまれており、自殺する要因がどこにも見当たりませんでした。

しかし、60代以上の自殺の動機の中に「健康問題」や「近親者の死亡などによる環境の変化」での自殺が多いことで知られています。

高齢者が自殺を考える動機としては健康問題が半分以上を占めており、加齢とともに疾病を有する頻度が高くなり、高血圧症や糖尿病、心筋梗塞や脳梗塞など、さまざまな慢性的疾患を抱えることが多くなると言われており、こうした状態からうつ病になったり、家族内での人間関係がもつれてしまう場合もあるのです。

また、コロナ禍で師匠として慕っていた志村けんさんが亡くなったことも自殺の原因となっている可能性が高く、上島竜平さん自身の体調に問題が無くても、家族のような大切な人が亡くなったことで深い悲しみから、うつ状態になっていたことも考えられます。

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ダチョウ倶楽部はこれからどうなる?解散してしまうの?

お笑いトリオ「ダチョウ倶楽部」の上島竜平さんが自殺したことで、自殺の原因が追及される中、ダチョウ倶楽部の今後がどうなってしまうのかが気になります。

ダチョウ倶楽部は上島竜平さん、肥後克広さん、寺門ジモンさんの3人で結成されており、トリオとしてだけでなく個人でも人気があるお笑い芸人です。

上島竜平さんはダチョウ倶楽部の中ではボケ担当であり、お決まりの台詞でお茶の間を笑わせてくれていました。

そのため、上島竜平さんが自殺したことでTwitterでは「ダチョウ倶楽部解散しないで」「上島さんがいないダチョウ倶楽部は考えられない」「ダチョウ倶楽部は誰が欠けてもだめだよ」といったコメントが多く、ダチョウ倶楽部の存続を願う一方で存続に複雑な思いがあることが分かりました。

上島竜平さんの自殺の原因は不明であり、ダチョウ倶楽部が原因で自殺したことは考えにくいことから、解散はしない可能性が高いのですが、ダチョウ倶楽部として活動はせず事実上解散となることは考えられます。

ダチョウ倶楽部は元々4人で活動していたのですが、メンバーの脱退後に3人で新たに活動をしています。

しかし、その時とは状況が異なりメンバーが自殺をしたとなると話が違ってくるので、少なからず解散の可能性も出てきますが、多くのファンが存続を願っていることから、ダチョウ倶楽部は解散せずに存続する可能性が高いと言えるでしょう。

ダチョウ倶楽部は一度解散していた?

ダチョウ倶楽部は、上島竜平さん、肥後克広さん、寺門ジモンさんの3人のイメージが強いのですが、実は「南部寅太さん」というメンバーも含めて4人で活動していたことがあるのです。

現在は肥後克広さんがリーダーを務めていますが、初代リーダーは南部寅太さんであり、当時は電撃ネットワークを結成しました。

しかし、南部寅太さんはデビューからわずか2年で考え方や芸風の違いから脱退しています。

脱退することとなった要因は、肥後克広さんがコントで頭の上にうんこを乗せて登場するシーンでかりんとうを使用したところ、南部寅太さんは本物のうんこを乗せたかった、などといった考え方の違いが募り、ダチョウ倶楽部を脱退することとなったのでした。

そして、1985年にダチョウ倶楽部が結成され3人トリオとなり、1人抜けたからと活動を辞めるのではなく、名前を改め3人で活動することとなったのです。

ダチョウ倶楽部の体を張った芸風は昔から?

ダチョウ倶楽部は熱湯風呂や「ヤー!」「アツアツおでん」などのリアクション芸で知られており、体を張った芸風が印象的です。

実はダチョウ倶楽部の体を張った芸風は昔からではなく、爪痕を残そうと体を貼って笑いを取りに行くようにしたら目立つようになったとのことでした。
結成当時はネタを固めて台詞も一語一句決めており、体を張る芸風とは無縁でしたが、アツアツおでんの芸はビートたけしさんと片岡鶴太郎さんがやっていたネタを継承したことで、得たものです。

また、「聞いてないよぉ!」はビートたけしさんの番組で生まれ、片岡鶴太郎さんに「その言葉は流行語になるから続けろ」と言われたことがターニングポイントとなりました。

ダチョウ倶楽部は「ビートたけしさんを笑わせたらいいんだ」と勝手に思い込み、がむしゃらに体を張ったことで生まれたのが体を張った芸風であり、ビートたけしさんに「おでんや熱湯風呂をダチョウ倶楽部がきちんと芸にしてきた」と言われたことで、芸風が間違っていないことを再確認することが出来たのでした。

上島竜兵の妻はどんな人?

上島竜平さんの妻は、広川ひかるさんという方であり、元お笑い芸人をされていました。

広川ひかるさんは1988年「発表!日本ものまね大賞」で優勝をしたことがあるほどの実力の持ち主であり、上島竜平さんとの出会いは、お笑い芸人などの仲間たちと大勢で飲みに行ったことがきっかけで出会ったようです。

上島竜平さんとの結婚後は一時休職し、その後復帰した際にはものまね番組や情報番組のリポーター、さらにはバラエティ番組に出演したりと幅広く活躍されていましたが、現在はメディア出演は減り、SNSではプライベートが充実している様子が伺えます。

結婚して30年近くになりますが子どもはおらず、夫婦仲良く暮らしており「コロナ禍もあって一緒にいる時間が増えた、奥さんに感謝している」とおっしゃっていました。

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