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KAT-TUNが凄かった3つ理由とは?亀梨派と赤西派、「Real Face」の売上など凄さを調査

現在3人で活動するKAT-TUNですが全盛期はやはり凄い人気でしたよね。

今回はそんな凄かった理由について紹介します。

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KAT-TUNとは

KAT-TUNとは、ジャニーズ事務所所属の男性アイドルグループであり、2001年に亀梨和也さん、赤西仁さん、田口淳之介さん、田中聖さん、上田竜也さん、中丸雄一さんの6人で結成されました。

グループ名である「KAT-TUN」は、メンバーの苗字のイニシャルを繋げています。

結成当初からメンバー一人ひとりの個性と我が強く、従来のアイドル像が優等生を主としていたのに対し、「不良」や「ギラギラ」といったイメージが強いグループとして知られています。

社長やスタッフから叱られてばかりのKAT-TUNですが、自身の考えを貫く姿勢と果敢なパフォーマンスが徐々に評価され、「ジャニーズでは異色のグループ」として重宝されました。

そんなKAT-TUNですが、2022年11月10日時点では3人のメンバーで活動をしています。

メンバーの脱退時期と理由は以下の通りです。

①赤西仁さん 脱退時期:2010年7月

KAT-TUNの中で一番最初に脱退したのが赤西仁さんであり、海外でソロ活動を行う理由で脱退されています。

KAT-TUNのメンバーも「アメリカでのチャンスを逃すな、機会があるならやれ」と応援していたとのことです。

②田中聖さん 脱退時期:2013年9月

二番目に脱退したのは田中聖さんです。

脱退理由は、事務所に内緒で兄が開店させた「CROSS ROAD」の経営に関わり、度重なるルール違反を犯したことでKAT-TUN脱退となったことを公表しています。

さらに、度重なる女性問題や田中聖さんの下半身の写真が流出するなどといった問題も、少なからず関係していると考えられます。

③田口淳之介さん 脱退時期:2016年3月

三番目に脱退したのは田口淳之介さんであり、脱退理由は、交際していた小嶺麗奈さんとの結婚が理由ではないかと報じられていました。

また、2019年には大麻を取締法違反容疑で逮捕されており、KAT-TUNとして8日間連続で東京ドーム公演を行っていた頃から興味本位で大麻を使用していたとの情報も浮上しました。

そして、事務所側が薬物使用に気付いて解雇したとの情報もあるため、脱退に何らかの影響があった可能性が高いです。

メンバー3人が脱退後は1年8か月の「充電期間」を経て、2018年1月1日のジャニーズカウントダウンライブにて再始動しました。

KAT-TUNが凄かった理由1:男性も憧れる

 

亀梨和也さん、上田竜也さん、中丸雄一さんの3名で活動を再開しているKAT-TUNですが、過去に6人で活動していた頃は「凄かった」との口コミが多く寄せられています。

2022年11月10日時点では、メンバーが半減してしまい、人気や実力ともに「King&Princeに抜かれた」との情報がありますが、全盛期のKAT-TUNは誰もが憧れるジャニーズグループとして知られていたのでした。

ギラギラのシルバーアクセサリーを身にまとい、毛皮を付け、皮のブーツを履いている姿は、それまでのジャニーズアイドルのイメージを覆す、いわゆる不良のようなイメージに世間は騒然としましたが、従来のアイドル像を壊したKAT-TUNは世間に大きなインパクトを与えます。

そして、ギラギラ系、ヤンキー、ヤンチャなイメージから、正統派アイドルの反対のコンセプトである「ブラック&ワイルド」と称され、人気を集めました。

ギラギラ&ワイルド系のアイドルは、V6や嵐、SMAPやKinki Kidsなど他のジャニーズグループにもなかなかないジャンルであり、アイドルとしての新ジャンルを開拓するとともに、女性だけでなく男性からの支持も得ることに成功しました。

さらに、金髪や茶髪にダメージパンツ、シルバーアクセサリー、ピアスなどといったギラギラとした格好は、当時の1990年代後半から2000年初期は「ギャル系」が流行っていたこともあり、時代と合っていたことで、より人気が出たということも考えられます。

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KAT-TUNが凄かった理由2:CD売り上げがすごい!

全盛期は怖いものなしだったとされているKAT-TUNですが、「楽曲がすごかった」という声も多く、楽曲に恵まれていたとの情報があります。

KAT-TUNはデビューする前からの人気が凄かったとされており、ジャニーズJr.時代には結成から2年経っていないライブであるにも関わらず、55万人の応募があったり、DVDの売り上げも年間1位を獲得し、CDデビュー前のアーティストとしては史上初めての東京ドーム公演となりました。

そんなKAT-TUNはデビュー曲である「Real Face」が大ヒットとなり、シングル・アルバム・DVD3作同時リリースし、3作ともオリコンチャートで1位を獲得、さらにシングルは年間売上第1位となりました。

2作目のシングルである「SIGNAL」は、デビューから2作連続で初動40万枚以上を売り上げたのはオリコン史上初であり、年間チャートでは5位を記録、3作目のシングル「僕らの街で」は2006年に発売したCDランキング3作、アルバム、CDはいずれもオリコン月間ランキングで首位を獲得したのです。

さらに、5作目のシングル「Keep the faith」の初動売上はデビューから5作連続で30万枚を超え、これは同事務所の先輩「Kinki Kids」以来約9年ぶりの史上2組目の記録を成し遂げました。

もちろん、KAT-TUNのメンバーの人気の高さも関係していますが、楽曲に恵まれていることは確かであり、作詞はスガシカオさん、作曲はB’zの松本孝弘さんなどと楽曲提供者も凄いことで有名です。

このように、KAT-TUNは数々の記録を達成し、先輩ジャニーズの記録を超えるほどの偉業を成し遂げており、楽曲に恵まれていたことで「KAT-TUNは凄かった」との声が今でも絶えないのでしょう。

KAT-TUNが凄かった理由3:亀梨派と赤西派

 

「全盛期は無敵だった」とも言われているKAT-TUNですが、当時は亀梨和也さん派と赤西仁さん派とが二分しており、全国の女子中高生の中でも話題となりました。

亀梨和也さんと赤西仁さんは、人気ドラマ「ごくせん2」にデビュー前から出演しており、ジャニーズJr.時代から人気があった2人は「仁亀コンビ」として有名でした。

そして、ごくせん2の平均視聴率は25%を超え、それに伴いKAT-TUNの人気と知名度を上げることにも成功したのです。

その後、亀梨和也さんが単独で出演した「野ブタ。をプロデュース」では主題歌となった「青春アミーゴ」が大ヒットとなり、亀梨和也さん、山下智久さんの「修二と彰」のユニット曲は発売から4週間で100万枚以上の売り上げ、オリコン2005年シングル売上げ年間ランキングの1位を発表し、亀梨和也さんの人気はさらに上昇することとなりました。

これらを機に、「亀梨和也さん派か赤西仁さん派か」といった議論が学校中やSNS上で行われ、塩顔イケメンで一本気な亀梨和也さんか、正統派ハンサムで奔放なイメージを持つ赤西仁さんかと、「それぞれ異なる魅力を持つ2人のどちら派なのか」といった答えの出ない議論が絶えず行われたのでした。

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