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山田邦子がつまらない?凄さとは?女性ピン芸人としての活躍やガンとの闘いなど過去を調査

今回は、女性ピン芸人の大御所、山田邦子さんについてご紹介します。

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山田 邦子とは

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1980年代から女性ピン芸人として活躍を続けている山田邦子さん。

兄、弟、両親の5人家族の長女として東京都荒川区で誕生。

幼稚園に入る前に引っ越し、祖父母と共に暮らすようになりました。

物真似が得意で、学校中にその名前が知られていたなど、「芸の道」へ進む道が見えていたような山田邦子さん。

5代目三遊亭圓楽氏の熱烈ファンで、落語家を目指して短大の寄席演芸研究部に入部。

「可愛家マッハ」の芸名で活動をスタートしましたが、落語家には向いていないと悟り漫談家へ転向。

学生時代には「のりこ・くにこ」でコンビ活動もされました。

幼き頃から「笑い」の道を進んでこられた山田邦子さんについて、どのような声が上がっているのか調べてみました。

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山田 邦子がつまらないとの声はなぜ?

「お笑い君こそスターだ!」に出場し、中学時代からの持ちネタであった「バスガイド」でチャンピオンの座を勝ち取った山田邦子さん。

太田プロダクションからプロデビューを果たし、1981年に「邦子のかわい子ぶりっ子(バスガイド篇)」でレコードまで出すなど、日本の女性お笑い芸人として一気に知名度を上げました。

デビューをしてから、冠番組まで持つようになるなど、芸人としての道を着実に進んできた山田邦子さんですが、昨年末のMー1グランプリ審査員としての、採点やコメントに対して口コミが上がっていました。

納得いかない

審査員として採点する力量やコメントについても、批判的な声が出ていました。

しかし、そういった否定的な声に対しても自分の考えをもって返信されている山田邦子さん。

審査員でありながら、視聴者から審査されるという厳しいポジションでもありますが、次回オファーがあった時には、どうされるのか気になるところですね。

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この位の差はホンモノ

山田邦子さんが出した点数やコメントに批判の声が上がっていた一方で、今までにない大胆な採点を支持する声もあがっていました。

審査員としてジャッジするには、視聴者からの批判にも折れないブレない強さが必要とされます。

今の時代、SNSであっという間に叩かれることもあると考えると、厳しい点をつけたくてもつけにくい心理が働いてしまうかもしれません。

そんな状況にもめげずに、ご自身の考えで採点された山田邦子さん。

色々な人が見る、色々な感じ方がある。

何を面白いとし、面白くないと感じるのか。自ら考え採点するのが審査員の役目。

はっきりと分かりやす点数だと評価をされる口コミもあった山田邦子さん。

また、次の機会があった時にも「無難な点数でつまらない評価」をするのではなく、折れない山田邦子さんであって欲しいですね。

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山田 邦子の凄さ1:天下を取った女性ピン芸人

芸能界という厳しい世界で、女性ピン芸人として活躍してきた山田邦子さん。

高校1年生の時に、西城秀樹さんの物真似で「TVジョッキー」に出演して以降、クイズ・ドレミファドンなどの数々の名番組に出演。

また、素人でありながら「タモリの突撃ナマ放送」で5週連続勝ち抜けを達成するなど、「とんねるず」とともに素人参加型の番組では常連となっていました。

プロデビュー後には、更に大きな花を咲かせていきます。

1981年には「野々村病院物語」で女優デビュー。黄金番組の「オレたちひょうきん族」に初期から末期まで出演し、担当コーナーの「ひょうきん絵描き歌」は大ヒット。

1991年には自身の冠番組「邦ちゃんのやまだかつてないテレビ」から誕生したWinkのパロディユニット「やまだかつてないWink」で歌手デビュー。「さよならだけどさよならじゃない」の作詞も手がけました。

また、同年には「あっかんべーぜ」につづいて2冊目となる「結婚式」を出版。発行部数が40万をこえるなど、芸人・女優・歌手・作詞家・作家というマルなチ才能を存分に発揮されていました。

全盛期にはレギュラー番組を数多く抱え、邦ちゃんを見ない日は無いというくらい多忙な日々を送っていた山田邦子さん。

ビートたけしさんの代役で「スーパーJOCKEY」や「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」では司会を務めるなど、20代でありながら名番組を任されるほどの実力をもっていた山田邦子さんは、女性ピン芸人として天下を制した唯一の人と言われるのも納得ですね。

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山田 邦子の凄さ2:ガンとの闘いを経て

女性ピン芸人として確固たる地位を築き上げてきた山田邦子さん。

2007年4月「最終警告!たけしの本当は怖い家庭の医学」にゲスト出演して、番組内での自己検診で違和感を覚え、その後に左右に乳がんがあることが判明しました。

聖路加国際病院の乳腺外科で2回の手術を経てガンを全摘出。

乳がんの罹患から、積極的にチャリティー活動を始動しています。

2008年4月にガンの知識と理解を呼びかける「スター混声合唱団」を、2009年にはNPO法人の「リボン運動 がんの薬を普及する会」を結成して代表理事に就任。

2011年の東日本大震災では、街頭募金活動や被災地の避難所をめぐり、物資や現金を届けるなどの活動を継続的に行って、2013年「山田町復興ふるさと大使」に任命されています。

自らの病に屈することなく、芸への熱意も失うことなく、2020年8月にはデビュー40周年目にして初めて浅草演芸ホールの高座にも上がった山田邦子さん。

多くの人々の心を支え元気にしてくれる山田邦子さんの存在は、本当にスゴイの一言ですね。

天下をとった女性ピン芸人として活躍してきた時代、乳がんと向き合い乗り越え活動している現在。

お笑いの熱量を失うことなく、現在もネット配信を含め、多岐にわたり活動をしている山田邦子さん。

還暦を過ぎても、見ている人を勇気づける笑顔に出来る山田邦子さんの、さらなる活躍を見守っていきたいですね.

山田 邦子のプロフィール

山田 邦子のプロフィール

本名:後藤邦子
愛称:邦ちゃん
生年月日:1960年6月13日
年齢:63歳(2023年11月現在)
出身地:東京都
血液型:B型
身長:168cm
最終学歴:川村短期大学家政科(現在:生活学科)
所属事務所:太田プロダクション→フリー→アスリート・マーケティング
職業:お笑い芸人、タレント、小説家、作詞家
家族構成:夫(後藤史郎氏)
趣味・特技:物真似、釣り、長唄など